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総合科人間学 |
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総合科の考え方・ねらい |
高1学習が進むと知識が細分化していきます。 知識の専門化が進む高校時代に,知識を統合する力を身につけることが私たちの課題です。 健全な知とは,専門と統合の両論かが組み合わされたときに意味を持ってきます。 きょうの科学技術や,医学分野で,人間が忘れられた科学が批判されるのは,地の統合という課題を置き去りにした結果といえるでしょう。 「何のために学ぶのか」「生きる目的はどこにあるのか」「人間とは何か」などという人間が本質的に探求する課題こそ,知の統合のテーマであり,このような問いと向き合っていく学習が今必要とされています。 玉聖では,キリスト教の世界観にたって,「自分自身」や「他者との関わり」を手がかりにしながら「人間とは何か」を探求する『総合科人間学』を1993年から設置しています。 高1では,常時3名の教師がクラスに入り,また多くのゲストを招きながら授業を進めていきます。 内容は以下のとおりです。 自分自身を愛する「人生は出会いで決まる」とある哲学者は言いましたが,同時に「出会いは作られる」とも言われます。生徒は人との関係の中で成長していきます。 友達,先生,異なる環境や世代の人達,国を超えた出会いや体験を通して人間のつながりを学習していきます。 中1の総合学習のテーマ「人との関係作り」はホームルームや行事の他,聖書,体育,音楽,美術科の協力と,年間を通しての国語科学習の中に組み入れ,関係の作り方,技術,間の取り方,敬語や手紙,心の用い方,実際の行動などを学んでいきます。 隣人を愛する「一人ひとりの大切さ」「高齢者と共に」「障碍者と共に生きる」「人間の尊厳」などのテーマの学びとグループワーク,2日間のボランティア体験などを実施します。 さらに「異なった文化の理解」「国際化」などのテーマでは留学生との交流を実施します。 最後にまとめの授業を行い,2年生に引き継ぎます。 この授業は独自の教材によって進められますが,生徒は毎時間独自のノート作りを行い,「自分で考えたこと」を書きこむ訓練が行われます。 教師がコメントすることで,双方向の授業が成立していきます。 また,生徒が積極的に授業に参加できるように,ディスカッション,グループワーク,スピーチや発表などの演習も多く,「自己を洞察する力」や「自分を他者に伝える能力」「プレゼンテーション能力」の発達を助けています。 長期にわたる学習を伴う「共同論文の作成と発表」や本格的な「読書紹介」などの課題は,大学や社会でも非常に役立つ学びになっているようです。 |
高2高1の学習では「今,ここにいる私」がテーマでしたが,2004年度から高2に週2時間の総合科人間学の授業が設置されました。 高2では誕生から死までのそれぞれの段階で,自分の人生の発達課題とどう向き合いながら生きるのかを学びます。 時間的広がりの中で人間を捉えなおそうとする試みです。 私という存在が与えられた人生の条件の中で何を選択し受容し,どう私らしく生きていくかを考えます。 年間テーマは「人生の四季を生きる」で内容は以下のとおりです。 プロローグ 「葉っぱのフレディから学ぶ」誕生と成長をめぐって誕生の不思議,幼児期の私,児童虐待,小学生の私,など大切な幼児期の課題を考察します。 人生の春 「思春期」を考える思春期と性,思春期の病理(拒食と引きこもり),青春の文学,思春期の課題などを高1での学習を踏まえて考察を深めます。 人生の夏 「大人になる」家族の一員として生きる,女性と職業,育てられる者から育てる者へ(結婚,命の選択,育児)など,これから大人として直面する課題を考えます。 人生の秋 「自分色に色づく」生の冒険,老いを考える,老いの意味などを学び,祖父母からの聞き取り調査も実施します。 人生の冬 「死の準備教育」メメント・モリ,看取り,自殺,脳死,安楽死,ホスピス医療,突然の死,宗教と死,キリスト教の希望 などのテーマで,死について考え,生きる意義について学びます。 複数の教師による授業,グループ学習やディスカッションなどの授業形式,また小論文,ノートの課題,教会レポート,グループ読書発表,聞き取りと発表などの提出課題も1年の学習を引き継いでいます。 2年間をかけて実施する総合科・人間学は,自ら考えて判断する力を育てるだけでなく,「自尊感情」を育成する事に寄与しています。 とりわけ,この学習を終えて上級学校に進学した卒業生たちが口々に,高校でこうした学習をしたことが自分で学び探求していく大学での学習に役立っていることを報告してくれます。 それは,「知の統合への努力」であり,ここにこの学習の狙いが果たされているといえるでしょう。 |